昭和50年代~平成

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昭和50年代~平成

昭和50年代~平成の食品偽装表示例を見ていきます。

昭和40年代までの消費者は、不良品をつかまされても、泣き寝入りしたり、運が悪かったと諦めるというのが一般的な姿勢でしたが、 1976年(昭和51年)には、アメリカのフォード大統領の主導で、消費者の権利を次のように規定し、それに呼応する形で消費者の意識も変化していきます。

消費者の8つの権利

(1) 安全を求める権利
(2) 知らされる権利
(3) 選ぶ権利
(4) 意見を聞いてもらう権利
(5) 消費者教育を受ける権利
(6) 生活の基本的ニーズが保障される権利
(7) 補償を受ける権利
(8) 健全な環境の中で働き生活する権利

消費者の5つの責任

(1) 批判的意識-商品やサービスの用途、価格、質に対し、敏感で問題意識をもつ消費者になるという責任
(2) 自己主張と行動-自己主張し、公正な取引を得られるように行動する責任
(3) 社会的関心-自らの消費行動が、他者に与える影響、とりわけ弱者に及ぼす影響を自覚する責任
(4) 環境への自覚-自らの消費行動が環境に及ぼす影響を理解する責任
(5) 連帯-消費者の利益を擁護し、促進するため、消費者として団結し、連帯する責任

つまり偽装表示は、これらの権利をないがしろにする行為として糾弾されるようになってきたのです。その意味で、昭和40年以前には偽装表示という意識そのものが希薄でした。

昭和50年代~平成にかけては、少なくとも湾岸戦争前までは「平和ボケ」の時代でした。食品添加物に関する関心も大きくなり、発ガン性や催奇形性を持つとされる食品添加物は使用禁止措置がとられていきます。

ただ、食品安全の問題が、左翼運動の変形として過度に叫ばれたり、安全な食品を求めるあまり、無添加食品がよしとされ、そういった消費者の要求に応える形で、無添加食品や低農薬野菜などが流行します。

特に左翼系の食品安全評論家、団体は、天然物に添加物を加える行為そのものを国家権力の介入、陰謀ととらえる傾向があり、そうした評論家や団体の書いた本を鵜呑みにした消費者が、無添加食品と銘打つ食材を求め、こうした傾向につけいる形で悪質業者の偽装表示が生まれてきます。

しかし 食品安全委員会リスクコミュニケーション専門調査会第24回会合(2006年)にて、無添加などのゼロリスク商法は、消費者に誤解と不安を広げるだけで、真の対策である信頼の構築には結びつかない、と報告されています。

以下、議事録より一部引用

「今、ドッグフードにまで入り込んでいる無添加食品が無添加でない食品よりも健康にいいという科学的証拠は全くゼロです。

しかし、消費者に無添加の方が健康にいいという誤解を与えて売っている。私は、これは詐欺商法に近いのではないかと思っておりますが、こういったものが消費者にまた誤解を広げて、添加物は怖いと思わせる。こういったような間違った売り上げ対策というのをきちんと対処しなくてはいけない」(唐木英明氏, 議事録(PDF) p.13, 食品安全委員会, 2006 ※筆者がWikipediaより再引用)

随所にて述べておりますが、消費者の食物に対する期待や不安が、偽装を生む根源となっているケースが多くあります。その意味で、現在取り沙汰されている偽装表示事件の根源はこの頃に胚胎したと言ってもよいでしょう。

消費生活上の変化を見ると、この時代から徐々に古くからの商店街に取って代わって、スーパーマーケットの進出が目立ってきます。

伝統的な生鮮食料品の対面販売が少なくなり、加工食品(さばいた鮮魚や精肉及びカットしたフルーツや野菜は食品衛生法上の加工食品です)へと変わっていきます。また昭和40年代後半から目立ってきたインスタント食品(カップラーメン、レトルト食品、総菜類など)が消費の主流になっていきます。

また平成グルメブームとその後のヘルシーブームもあって、食に対する意識も大きく変わって行きます。

この時代の食品偽装表示については、特段目立った例はありません。後で述べますがマスコミの自主規制もあったと思われます。むしろ、毒入りコーラ事件やグリコ森永脅迫事件など、食品をねらった一種のテロリズム犯罪が目立った時代でした。

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